代表弁護士 林 伸彦 (はやし のぶひこ)

交通事故で脳に傷害を受け、いわゆる植物状態となってしまう場合が遷延性意識障害です。

被害者の生きている限り介護が必要となるため、損害賠償額も高額となり、訴訟で争いとなるケースも少なくありません。

ここでは、遷延性意識障害で請求できる損害賠償の内容について説明します。

遷延性意識障害とは

遷延性意識障害の「遷延」とは長引くという意味で、意識障害が長期間継続している状態であって、いわゆる植物状態とも呼ばれます。

脳神経外科学会は、治療にもかかわらず、次の6項目の状態が3か月以上続いた場合と定義しています。

  • 自力移動が不可能
  • 自力摂食が不可能
  • 糞尿の失禁
  • 意味のある発語が不可能
  • 簡単な命令にはかろうじて応じることもできるが、それ以上の意思疎通が不可能、
  • 眼球は動いていても認識することは不可能

遷延性意識障害となった交通事故被害の深刻さ

遷延性意識障害は脳外科手術による回復が困難で、意識を取り戻す例は相当に少なく、多くの場合、現状維持を目的とした治療しか選択肢がありません。

そして、そのためには、24時間、常時の介護が欠かせなくなります。介護の内容は、主なものだけでも次のとおりです。

  • 定期的な輸液(水分、薬、栄養分などの点滴)
  • 身体の清拭、入浴
  • 体位の交換(床ずれ防止)
  • 排泄の処理
  • マッサージ(筋肉と関節が固くなることを防止)
  • 痰の吸引

これらの介護は、介護する者に非常な負担を強いるものです。これらを長期的に継続して引き受けてくれる専門医療施設はいまだ少数で、家庭で家族が介護を担当しなくてはならない場合や、一般の医療施設では3ヶ月程度ごとに転院を余儀なくされる場合があります。

遷延性意識障害の後遺障害等級

遷延性意識障害は、後遺障害等級の介護を要する後遺障害・第1級1号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」に該当します(※)。

※自動車損害賠償保障法施行令別表第1

もっとも重い後遺障害等級であり、労働能力喪失率は100%です。

遷延性意識障害で請求できる損害賠償の内容

(1)損害賠償の項目

遷延性意識障害で請求できる損害賠償の項目は、大きく次の2つに分けることができます。

(A)一般の後遺障害の場合と共通する損害項目

  • 入院費、入院雑費、付添費、付添交通費、付添宿泊費等
  • 休業損害
  • 入通院慰謝料
  • 後遺障害逸失利益
  • 後遺障害慰謝料

(B)特に遷延性意識障害で生じやすい損害項目

  • 介護関係費用
  • 成年後見人の報酬
  • 近親者の後遺障害慰謝料

(2)介護関係費用

このうち介護関係費用の例としては次のものがあります。

  • 今後、一般病院や長期医療型病院などの医療機関に入所して介護を受けることが予定される場合は、その費用
  • 自宅介護となる場合は、近親者による介護は1日8000円(※)、プロの介護付添人による介護はその実費
  • 自宅介護のため自宅の改造工事(玄関、居室、廊下、浴室、ドアなどを介護仕様に改修する)が必要な場合の費用
  • 通院用に車両を購入したり、それを介護仕様に改造したりする場合の費用
  • 介護用品(介護ベッド、浴室リフト、痰吸引機、血圧計など)や消耗品(紙おむつなど)の費用

これらは、いずれも必要かつ相当と認められる範囲で請求することができます。

※赤い本「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準」による弁護士基準ですが、事案に応じて増減することが前提です。またこれより多額の介護費を認めた裁判例も数多くあります。

(3)成年後見人の報酬について

遷延性意識障害となった被害者は、自分自身の判断で他人と財産の取引をしたりする能力は失われています。

このような場合、被害者本人を保護するために、家庭裁判所の審判で成年後見人を選任し本人の代理人とする必要があります。

被害者本人が加害者に対して損害賠償請求を起こすのも、成年後見人を選任して、代理人として提訴する必要がありますし(訴訟を弁護士に委任することも、被害者本人の代理人として成年後見人が行います)、賠償金を受けとること、その金銭で必要な物品を購入することも、成年後見人が代理人となって行う必要があります。

そして、成年後見人には、その働きに応じた報酬請求権があり(その金額は家庭裁判所が定めます)、本人の財産の中から支払われます。

交通事故で遷延性意識障害となり、このような成年後見人が必要となったのですから、その報酬金も損害として請求できるのです。

(4)平均余命の問題

なお保険会社は、遷延性意識障害となった者の余命は一般よりも短いとする統計などを根拠として、労働能力喪失期間や将来介護の期間を平均余命よりも短く算定するよう主張することがあり、古くはこれを肯定する裁判例もありました。

しかし、現在では、そのような主張、立証がなされても、被害者の余命が平均より短いと認めるに足りる証拠とは認められないとして斥けられています(大阪地裁平成21年1月28日判所・交通事故民事裁判例集42巻1号69頁など)

遷延性意識障害で請求できる後遺障害慰謝料

遷延性意識障害で認められる後遺障害等級1級の後遺障害慰謝料の金額は、2800万円です(弁護士基準)。これは、被害者本人の後遺障害慰謝料です。

ただし、遷延性意識障害の場合は、被害者が死亡した場合に比肩するような精神的苦痛を近親者にも与えるので、多くの裁判例において被害者本人の後遺障害慰謝料とは別に、近親者にも慰謝料が認められています。

ケース1

遷延性意識障害(1級)の高校生に、入通院慰謝料350万円、被害者本人の後遺障害慰謝料3000万円、両親の慰謝料合計800万円が認められた裁判例(名古屋高裁平成18年6月8日判決・自保ジャーナル1681号2頁)

ケース2

遷延性意識障害(1級)の26歳会社員に、入通院慰謝料400万円、被害者本人の後遺障害慰謝料3000万円、両親の慰謝料合計600万円が認められた裁判例(仙台地裁平成19年6月8日判決・自保ジャーナル1737号3頁)

遷延性意識障害の問題は当事務所にお任せください

遷延性意識障害の損害賠償金は、数千万単位の高額になることが珍しくありません。そのため保険会社も激しく争ってくるので、難しい訴訟となり、交通事故をめぐる医学的な専門知識も備えた弁護士でなくては対応できません。

当事務所は、遷延性意識障害を含む交通事故問題を多数解決してきた実績があります。遷延性意識障害の問題でお悩みの方は、是非、当事務所にご相談ください。