代表弁護士 林 伸彦 (はやし のぶひこ)

交通事故の怪我の治療には健康保険(健康保険、国民健康保険、後期高齢者医療制度)を使えないと誤解されている方がおられます。

しかし、交通事故でも健康保険は使うことができます。健康保険の利用にはメリットが多いので、むしろ積極的に利用されることをお勧めしています。

健康保険は交通事故に使えます

交通事故での健康保険の使用が認められることは異論がなく、厚労省からも何度か通達が出されています(※)。

※厚生労働省「犯罪被害者や自動車事故などによる傷病の保険給付の取扱いについて」平成23年8月9日通達

なお、業務上災害・通勤災害にあたる交通事故では健康保険は利用できませんが、労災保険による、健康保険よりも厚い保護が適用されます。

保険診療と自由診療の違い

健康保険を利用しない自由診療は、治療費の単価が保険診療の1.2倍から2倍にもなる場合があります。そのうえ患者の自己負担は10割です。

他方、健康保険を利用した保険診療であれば、治療費の単価も安く、患者の自己負担は3割に過ぎませんから、治療費を安く抑えられます。

ただし、保険診療では、国に承認された治療方法しか認められませんから、一部の先進的な医療や新薬などを利用することはできません。

しかし、交通事故の怪我の治療という分野では、今や保険診療で認められない治療はほとんどないと言われています。

健康保険を利用するメリット

さて、健康保険の利用で治療費を安くすることには、次のような具体的なメリットがあります。

加害者が自賠責保険にしか加入していない場合

加害者が自賠責保険にしか加入しておらず、任意保険に未加入のケースでは、自賠責保険の限度額(傷害の場合120万円)を超える損害額は、加害者本人に請求するしかありませんが、このような加害者は資力が乏しく払えないことがほとんどなので、被害者が自己負担せざるを得ない場合が多いのです。

このようなケースでは、保険診療で治療費を抑え、賠償額全体を自賠責保険の限度額内にとどめて自己負担をなくしたり、限度額を超える自己負担額を少なくできるメリットがあります。

自賠責保険の限度額は、治療費だけでなく全損害に対するものなので、治療費を抑えることで、休業損害や慰謝料など他の賠償金の枠を残しておけるメリットもあります。

加害者が自賠責保険にも加入していない場合やひき逃げの場合

加害者が自賠責保険にすら未加入で自賠責保険を利用できない場合は、損害賠償の全額を加害者本人に請求することになるものの、このような加害者には資力がないのが通常です。

また、ひき逃げで加害者が不明の場合は、自賠責保険は利用できず、請求する相手もわかりません。

このような場合は、最後の救済策である「政府保障事業」からの補償を受けられますが、健康保険からの給付を受けることができる金額は補償金から差し引かれますので、保険診療を利用しておかないと損失を被ることになります。

被害者の過失割合が大きい場合

被害者側にも落ち度があれば過失相殺され、過失の割合によって賠償額が減額されるので、その部分は自己負担となってしまいます。

そこで、保険診療で治療費を安く抑えれば、自己負担額を少なくできるメリットがあります。

それだけでなく、健康保険が支払ってくれる治療費(7割)は過失相殺の対象としないのが実務の取り扱いですので、健康保険を利用していれば、過失相殺による減額をさらに少なくすることができるのです。

一括払いを打ち切られた場合

加害者が任意保険に加入していれば、任意保険会社は自賠責保険の負担部分も含めて治療費を直接に病院に支払ってくれます(「一括払い」サービス)。

しかし、長期の治療期間となったり、治療費額が自賠責保険の限度額に届きそうになったりすると、任意保険会社は「一括払い」打ち切りを通告してきます。

この場合、被害者が治療を継続したいなら、いったん自費で治療費を支払い、後に自賠責保険と任意保険会社に請求することになりますが、一括払いの間は自由診療とされていることが通常です。そこで保険診療に切り替えれば、経済的負担を軽くして治療を継続できるメリットがあります。

健康保険の利用で被害者請求が制限されることはない

健康保険を利用すると、健康保険側は負担した治療費を自賠責保険に対して請求することになります。

しかし、これを無制限に認めると、健康保険の利用で治療費を安くしても、結局、被害者の請求と健康保険側の請求が合計されて限度額を超え、被害者の自己負担が発生してしまいます。

この点、最高裁は一連の判例(※)で、被害者請求と保険側の請求が競合したときは、被害者請求を優先して認める考え方を示したので、被害者は健康保険側の請求にかかわらず、心配なく健康保険を使えます。

実際に自賠責保険は、健康保険側からの請求に対しては、被害者請求の意向がないことを被害者に確認してから対応しています。

※老人保健法についての最高裁平成20年2月19日判決、労災保険法についての最高裁平30年9月27日判決

交通事故で健康保険を使うときは、当事務所にご相談ください

健康保険を利用するときは、その旨を病院にはっきりと伝えることが必要です。中には難色を示す病院もありますが、そのような場合は、当事務所にご相談ください。

また健康保険を利用するには、保険団体に「第三者行為による傷病届」という書類を提出する必要があります。このような手続についても、ご不明の場合、当事務所にご相談ください。