代表弁護士 林 伸彦 (はやし のぶひこ)

交通事故で、いわゆる植物状態(遷延性意識障害)となったり、高次脳機能障害となったりして、成人の被害者がものごとの正常な判断能力を失ってしまう場合があります。

この場合、被害者が医療施設に入所したり、加害者や保険会社に対して損害賠償請求を行ったりするためには、成年後見人の選任が不可欠となります。

ここでは成年後見人について説明します。

成年後見人とは

精神の障害のために判断能力が不十分な者が、自由に他人と経済的な取引ができるとすると、不利益な取引に応じてしまうなど損害を被る危険性があります。

そこで、判断能力を補い、本人の利益を保護するために、親族などからの請求を受けて、家庭裁判所が審判でサポート役をつける制度が後見制度です。

サポート役には、本人の判断能力の程度に応じて、後見・保佐・補助の3種類があります。

判断能力を失った程度が最も重く、「事理を弁識する能力を欠く常況」(民法第7条)すなわち、物事を判断して行動する能力がない状態が常となってしまった方で、成人に達している方をサポートするのが成年後見人です。サポートを受ける本人が被成年後見人です。

成年後見人の主な権限とは

成年後見人は広汎な権限を与えられていますが、最も重要なものは、本人の財産を管理する財産管理権(民法859条)と本人が行った行為の取消権(民法9条)です。

財産管理権は、判断力のない本人の代理人となって本人のために財産を処分するなどの権限です。例えば、本人が医療施設に入所するために、施設との入所契約を結んだり、本人の貯金から入所費用を支払ったりする行為は、成年後見人が本人の代理人として行う必要があります。

取消権は、本人が成年後見人の同意を得ずに行った取引行為などを、後に取消す権限です。能力不足につけこんで不利な契約をさせられるなどの被害を防ぐことができます。

交通事故との関係で言えば、保険会社と示談交渉をしたり、加害者に対して訴訟を提起したりすることは、成年後見人が被害者の代理人となって行う必要があります(※)。

※ただし、自賠責保険では、厳格に成年後見手続を要求すると手続きに長期間が必要となり、被害者保護を徹底する自賠責保険の趣旨にもとる結果になりかねないため、「一切の責任を負う」との趣旨の念書を差し入れさせ、親族などの成年後見人ではない者が自賠責保険からの賠償金を受け取ることを認める場合があります。

交通事故と成年後見人

交通事故における成年後見人をめぐる法律問題は、主に、成年後見人にかかる費用を損害賠償として加害者側に請求することができるかという点です。

赤い本(※)では、「成年後見開始の審判手続き費用、後見人報酬など、必要かつ相当な範囲で認める」とされています。

※「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準(財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編集発行)」

(1)成年後見開始の審判申立にかかる費用

成年後見人を選任するには、本人・配偶者・四親等内の親族などが、家庭裁判所に対して審判の申立をしなければなりません。

この申し立てには、申立手数料(800円)、登記手数料(2600円)予納郵券(数千円)などが必要です。戸籍謄本などの添付書類も必要ですので、その取り寄せ費用もかかります。

さらに、審判を行うには、本人の精神状況について医師等の鑑定を実施することが必要であり、鑑定費用(5~10万円程度)もかかります。

これらの費用は、手続上、当然に要求される費用であり、交通事故のために後見開始審判の申し立てを余儀なくされたのですから、損害として加害者に請求することが認められます。

裁判例

高次脳機能障害の被害者(別表第1の2級)の成年後見申立費用として申立手数料800円、郵券3160円、鑑定費用5万円、後見登記印紙代4000円、成年後見用診断書作成料4470円の請求を認めた裁判例(水戸地裁下妻支部平成21年12月17日判決・自保ジャーナル1820号35頁)

(2)成年後見人の報酬

①既払いの成年後見人報酬

成年後見人の報酬は、家庭裁判所が相当と認める報酬額が、本人の財産から支払われます(民法862条)。

例えば、東京家庭裁判所では、通常の後見事務を行ったときの基本報酬は月額2万円を目安としています(「成年後見人等の報酬額のめやす」平成25年1月1日、東京家庭裁判所)

そこで、既に支払われた報酬(例えば、成年後見人選任時から直近の支払い時点までの期間×月額2万円)は、事故による損害として請求が可能です。

②成年後見人の将来の報酬

これに対し、今後の支払いが予想される将来の成年後見人報酬はどうなるでしょう。

幸いにも本人の判断能力が回復した場合には、後見開始の審判が取り消され、成年後見は終了しますが、遷延性意識障害や高次脳機能障害では、その可能性は一般に低く、通常は本人が生きている限り成年後見人が必要です。

そこで本人の平均余命までの年数分の報酬を損害賠償として請求することが認められています。

裁判例

高次脳機能障害(別表第1、2級1号)の被害者につき、成年後見人として選任された弁護士の報酬を月額4万円として、後見開始の審判確定時点での被害者の平均余命22年分、合計601万円余りを認めた裁判(神戸地裁平成28年1月28日・交通事故民事裁判例集49巻1号94頁)

③弁護士が成年後見人に選任され、加害者に損害賠償請求訴訟を起こした場合の成年後見人としての報酬

例えば、東京家庭裁判所では、後見事務に特別な事情があった場合には、基本報酬額の50%の範囲で相当額の報酬を付加するとされています(前記「成年後見人等の報酬額の目安」)

そこで、成年後見人である弁護士が加害者側に対して損害賠償請求訴訟を提起し、判決や和解で本人に損害賠償金をもたらした場合、後に、その働きを評価した家庭裁判所により、付加された報酬金が認められます。

そうであれば、損害賠償請求訴訟の段階で、この付加されるべき報酬金を加害者に請求することも認められることになります。

裁判例

植物状態の被害者につき、成年後見人に選任された弁護士が損害賠償請求訴訟を提起し、後見人費用として1000万円を請求した事案で、裁判所は被害者の損害額を7860万円としたうえで、後見人報酬として700万円を認めた(神戸地方裁判所平成17年5月31日判決・判例時報1917号123頁)

交通事故での成年後見人選任は当事務所にお任せください

交通事故で遷延性意識障害や高次脳機能障害となった場合には、実際上、成年後見人の選任が必須です。

当事務所はこのような事例を担当した豊富な経験があります。

交通事故で成年後見人の問題でお悩みの方は、ぜひ当事務所にご相談ください。